真宗大谷派 長崎教務所
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■第3回 「2つのお位牌」
地元にいると不思議でないことも、ほかの土地に出てみると「あれっ?」と思うことはたくさんあると思います。今では、そのことを一つの県民性としてテレビ番組があるほどです。その土地に住む者にとっては、なんでもないことでもよそからくると不思議でしょうがない・・・、そんなことが婚葬の儀式においては特に親族同士がいろいろともめる原因にもなるのでしょうか?
これは、ある方の初七日の時でしたかお勤めが終わりました後、喪主の方が何やら言いにくそうにもじもじしているのです。何かなと思うと、その親族の方が「なぜ長崎では2つもお位牌を作らなきゃいけないのか?」と言うんですね。お話を聞くと、そのことで喪主の方は「昔からそうだった。ばぁさん時もそうだった。」というのですが、福岡から来られていた親戚の方は「2つもいらないし、こんなの聞いたことがない。」と言うてちょっと揉めていたらしいのです。
確かに言われてみますと、長崎(特に長崎市)では仮位牌(白木のお位牌・内位牌)を2つ用意することが多いようです。実は私自身も他県で法務員を務める機会がありまして、そこではお位牌は1つでして自坊に帰ってきた頃は不思議に感じていました。そこで、思い切って他県の同期の僧侶に何人か聞いてみましたら「お位牌が2つなんて聞いたことがない。」というんですね。
私も、何度かご門徒の方にお聞きしたことがあるのですが、1つはお墓に入れるのだからという答えでした。(他県ではお墓にお位牌を入れたりしないようです)そこで、長崎では仮位牌を2つも作るのだろうかと調べましたところ「特に理由はない」ようです。ただ、しいていうならば長崎の歴史の中にその答えがあるかもしれません。
それは、寛永12年(1635年)に江戸幕府が中国商船の出入りを長崎一港に制限し、元禄2年(1689年)に唐人屋敷が完成し中国の方々の出入りを制限したらしいのですが、実のところは比較的自由に長崎市内を出入りできた歴史があります。そこで、おそらくは中国の文化の影響を日常的に受けていたことは間違いありません。
いろいろ説はありますが、今の位牌のルーツは中国後漢時代頃から儒教で用いられた霊牌(死者の官位を書くもの神主ともいう)と仏教の卒塔婆が合わさった形と言われています。
中国は儒教の国ですから、長崎では比較的お位牌に対する思いが強いというのもこのことを考えると頷けるのかもしれませんね。
ところで、家に亡くなった方が出ると昔は土葬でしたから土に御遺体を埋めるのですが、その時にこの仮位牌は埋葬した上に安置されて朽ちるまで置いておくんだそうです。「1つはお墓に入れるのだから」という考えはおそらくここから来ているんじゃないかなと思われますが、そうすると御自宅で安置するお位牌がなくなってしまいますね。そこで・・・ということではじめから2つ用意するということが起こったのではないでしょうか。
もちろんこれは私の推測にすぎませんが、お位牌を2つ用意するというのは他県の人から見ると「どげんこと?」のようです。
注)真宗では、お位牌は用いません。法名軸か過去帳を使うのが正式です。
文:正木 慶彦